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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3869号 判決 1968年7月11日

原告

鈴木謙三

被告

相互タクシー株式会社

主文

一、被告は原告に対し金二六四、〇〇〇円および右金員に対する昭和四一年八月二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一、原告のその余の請求を棄却する。

一、訴訟費用はこれを七分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

一、但し、被告において原告に対し金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一原告の申立

被告は原告に対し金一、九一九、五三〇円および右金員に対する昭和四一年八月二〇日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え

との判決ならびに仮執行の宣言。

第二争いのない事実

一、本件事故発生

とき 昭和四〇年一一月一二日午後七時二五分ごろ

ところ 大阪市北区梅ケ枝町一二一番地先国道一号線上交差点

事故車 乗用自動車トヨペツトクラウン(大阪5あ八五三号)

運転者 訴外宮部泰造

受傷者 原告

態様 西から東に向つて進行中の原告運転の単車(以下原告車と称する)と南行の事故車が衝突して原告が転倒し受傷した。

二、事故車の運行供用

被告は事故車を所有し、自己の営業のために訴外宮部を使用して運転させこれを運行の用に供していた。

第三争点

(原告の主張)

一、事故の態様

本件事故は南進している事故車の前右扉へ、原告車前部左側が衝突したもので、被告のいうように事故車が一旦停止しているところへ原告車が衝突したものではない。

二、運転者の過失

本件事故発生については、事故車運転者訴外宮部に前方不注意及び徐行もしくは一時停止懈怠の過失があつた。

三、損害

(一) 受傷

(イ) 傷害の内容

頭蓋内出血の疑、顔面挫創、右大腿打撲傷

(ロ) 治療および期間(昭和・年・月・日)

入院、自四〇・一一・一二至同・一二・一〇。

退院後も二ケ月位の間は痛みのため仕事ができない有様であつた。現在も尚時々痛み、顔面は少しはれている。

(二) 療養関係費。計二三九、五三〇円

原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。

入院費 一三六、五三〇円

通院費(二日分) 一、〇〇〇円

雑費 一〇二、〇〇〇円

(三) 逸失利益 一八〇、〇〇〇円

休業補償費九〇日分。

(四) 精神的損害(慰謝料) 一、五〇〇、〇〇〇円

右算定につき特記すべき事実は次のとおり。

貧困のため僅か一ケ月で退院したが、今尚痛み、顔面も少しはれている有様で碌に仕事も出来ない。

顔面左側には数ケ所の巾一ないし一・五粍の挫創搬痕を残している。

(被告の主張)

一、本件事故は原告の過失にもとづくものであり、事故車運転者訴外宮部は無過失である。

すなわち、訴外宮部は、事故車を運転し信号機の設置のない本件交差点を北から南へ横断しようとして、横断歩道上で一旦停止した上、右(西)方を見ると、折柄東進して来た自家用乗用車が、東行車道上で一時停止して進路を譲つてくれたので、他に東進する後続車がないのを確認し、時速五キロメートル位で、右東行車道上に進出進行しつつ、左(東)方も注視すると、二、三十メートル左前方の西向車道上を西進してくる車両三両程を発見したため、その通過を待つべき東向軌道(本件東西道路は中央部分に市電軌道敷がある)上に一時停車していたところ、原告車が高速度で東進して来て事故車の右側扉前部に衝突したもので、原告はその際「つつかけ」を履いて原告車を運転しており、又その顔面挫創は、かけていたサングラスが割れて怪我をしたものであつた。そうすると、原告は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き(そして本件道路には車両通行帯は設けられていなかつた)、原告車のような車両にあつては道路の左側に寄つて通行しなければならない(道交法一八条一項)のに、車道右側を進行して来たものであり、又前記のように先行東進する自家用乗用車が一時停止して事故車に進路を譲つているのであるから、後続する原告車としても右自家用乗用車と同様に交差点西側で一旦停車して事故車の進行を妨げてはならないのに拘らず、徐行もせず、前方注視を怠つて事故車に気付かぬまま、(夜間サングラスをかけていたことで視界は半減していた筈である)高速で進行したものであり、更に、車両を運転する際には下駄及び運転をあやまるおそれのあるスリツパ等をはいて運転してはならない(大阪府条例道路交通規則一三条七号・道交法七一条七号)にも拘らず「つつかけ」ばきで原告車を運転したものであつて、本件事故はこうした原告の、原告車運転上の過失にもとづいて生じたものである。訴外宮部は前記のように充分安全を確認して運転しているのであつて、一旦停車して事故車に進路を譲つてくれた前記東行乗用車の後方から単車が暴走してくるなど全く予想しえないところであり、信頼の原則が適用さるべき場合である。

二、事故車には構造上の欠陥、機能の障害はなかつた。

三、原告の傷害は昭和四一年一月一七日全治しており、後遺症はない。

四、療養費中雑費、休業補償費、慰藉料の各金額は失当である。

五、仮に訴外宮部が無過失でないとしても、原告には前記のような過失があるから損害額算定上斟酌さるべきである。

第四証拠 〔略〕

第五争点に対する判断

一、事故車運転者の無過失について。

訴外宮部は事故車を運転し信号機の設置のない本件交差点を北から南に横断しようとして、横断歩道上で一旦停止した上、本件東行車道上に進出進行したが、左前方の西行車道上を注視すると、西行して来る車両二、三台があつたため、その通過を待つべく一時停止しようとしたところ、右側でドスンと云う音がして原告車が右前扉附近に衝突した。他方訴外植田三五郎は、その頃自動車を運転して西から東に向け、時速約四〇キロメートルで東行車道上を進行していたが、前方二〇メートル位に前記東行車道上に進出した事故車を発見してブレーキを踏み、交差点手前で停車したところ、瞬間その右側を原告車が通過して事故車に衝突したのを目撃した。(以上の事実は、〔証拠略〕を綜合して認めた。被告は、訴外植田の車両が一時停止して進路を譲つてくれたので、他に東進する後続車のないことを確認して発進した旨主張し、これに添う証人宮部泰造の証言もあるが、前記植田の証言に照らしたやすく採用できない。又事故車が停車しているところへ原告車が衝突したとの主張及びこれに添う前掲植田、宮部各証言並びに検乙六号証も、検甲一号証の二によると、事故車々体右側前部扉から後部扉にかけ線条擦過痕が認められるのに照らしてにわかに採用し難い。)

右の事実よりすると、訴外宮部は進路右方(西方)への充分な注視を欠いて東行車道上へ発進々出し、かつ発進後は左前方車道上の西行車両にのみ注意を奪われていたのではないかとみられるふしがあり、もし右(西)方の安全を充分確認しておれば、原告車に気付いて事故発生を避け得たのではないかとの疑いが全く抱かれないではないので、結局事故車運転者の無過失は未だ認めるに足りない。そしてそうとすれば、その余の点を判断する迄もなく被告は、本件事故車の運行供用者として免責されないといわなければならない。

二、損害

(一)  受傷の内容及び入院期間

原告主張のとおり認められる。(〔証拠略〕)

(二)  療養関係費

入院費、通院費

本件全証拠によるも認められない。

雑費

両親の上阪費用及び通院交通費を支出したことが認められる(原告本人尋問の結果)が、本件損害として相当な額を認定するに足る証拠がない。

(三)  逸失利益 一八〇、〇〇〇円

原告は屋台そばやとして、一日二、〇〇〇円の割の固定給に歩合を併せ月間六〇、〇〇〇円の収入があつたところ、本件事故のため三ケ月間休業した。その間の得べかりし利益。(〔証拠略〕)

(四)  慰藉料 七〇〇、〇〇〇円

原告は前記の傷害を負い、顔面は六ケ所計二四針縫合の治療を受け、前記期間入院加療を要し、前記期間休業したが、今なお頭痛や傷口の痛むことがあつて、仕事も従前ほどにはできず、収入も半減に近い。顔面には傷痕を残している。(〔証拠略〕)。その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、原告の慰藉料として右額が相当である。

三、過失相殺

本件事故発生については、交差点における追越しは禁止されているのであるから(道交法三〇条一号)、交差点直前において追越しの態勢に入るべきでないにも拘らず、訴外植田運転車両の右側面に進出し、かつ、前認定のように訴外植田が事故車を認めて交差点手前で停車したのであるから、原告としても当然交差点において自車進路前方をさえぎる横断車両等のありうることを予想すべきであるにも拘らず、漫然同一速度で進行を継続した原告の重大な過失も免れ難いところであるから、前認定の原告の本件損害については過失相殺を適用し、その七割を原告の負担、その余の三割を被告負担とするのが相当である。(なお、原告がサングラスをかけていたこと、「つつかけ」を履いていたことが、本件事故の原因となつたと認めるに足るものはないので、この点をも原告の過失であるとする被告の主張は採らない)

第六結論

そうすると、被告は自賠法三条により原告に対し前記損害額計金八八〇、〇〇〇円の三割に相当する金二六四、〇〇〇円および右金員に対する本件不法行為発生の日以後である昭和四一年八月二〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。

そこで訴訟費用の負担につき民訴法九二条仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宣兄)

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